神戸大学大学院医学研究科の青井貴之教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞※1から様々な癌を攻撃するγδT細胞※2を作製することに成功しました。今後、癌や感染症等に対する次世代型免疫細胞療法に用いられることが期待されます。

この研究成果は、3月23日(米国東部時間)に、Stem Cell Reports誌に掲載されました。

ポイント

  • ヒトiPS細胞からγδ(ガンマ?デルタ)T細胞を作製することに成功しました。
  • このγδT細胞は、様々な同種癌細胞を攻撃することが確認されました。
  • 今後、この技術を用いることで、癌や感染症等に対する免疫細胞療法のコスト低減と高機能化が実現することが期待されます。

研究の背景

γδT細胞(ガンマ?デルタ?ティーさいぼう)は様々な種類の癌を攻撃することが知られています。しかも、患者本人以外のγδT細胞であっても癌を攻撃することができ、患者の正常細胞を攻撃してしまうこと(これをGVHDと呼びます)がありません。これらの性質は、T細胞の多くを占めるαβT細胞(アルファ?ベータ?ティーさいぼう)にはない性質です。これらのことから、γδT細胞を体外で増幅して癌に対する免疫細胞療法に用いようとする取り組みが行われてきました。ところが、血液から調製するγδT細胞の増幅力には限界があるため、患者ごとに患者自身のγδT細胞を体外増幅して投与することはできても、少数の提供者の血液を元に多数の患者の治療に十分な量までγδT細胞を増やすこと、すなわち“既製品”(off-the shelf)のγδT細胞を作製して治療に用いることは実現していません。そこで私たちは無限の増殖能と分化多能性を持つiPS細胞に着目しました、私たちは過去の研究で、γδT細胞からiPS細胞を作製することに成功し、そのiPS細胞が血液細胞の元になる細胞(造血幹細胞)に分化する能力があることを確かめていましたが、さらにそこから、機能的なγδT細胞を作製することができるか否かは未確認でした。

研究の内容

面積の広い細胞が癌細胞。iγδT細胞と共培養すると16時間後には多くが死滅している。

γδT細胞から作製したヒトiPS細胞から、γδT細胞を作製することに成功しました。これを”iγδT細胞”と名付けました。

iγδT細胞は、その元となった細胞の提供者とは“他人”の関係にある大腸癌細胞、肝癌細胞、白血病細胞を攻撃することが確認されました。この結果から、iγδT細胞はその元となった細胞の提供者以外の人の癌の治療に有効であることが示唆されました (図)。

iγδT細胞の遺伝子発現を1細胞毎に網羅的に解析したところ、末梢血由来γδT細胞を体外増幅培養して得られた細胞の主たる集団とは異なる特徴を示しました。一方、新鮮な末梢血液中に存在する、いわば”本物の”γδT細胞とiγδT細胞とはそっくりであることが分かりました。

今後の展開

本研究では、ヒトiPS細胞から機能的なγδT細胞を作製することに成功しました。今回は動物細胞や血清を用いた方法で作製していますが、臨床応用に好ましいように、それらを用いない方法でのiγδT細胞作製にもすでに成功しています (未発表)。将来的にはiγδT細胞を癌に対する免疫細胞療法に用いることが期待されます。また、iPS細胞は遺伝子操作を行うのが比較的容易なため、その段階で遺伝子操作を行うことで、より高機能な免疫細胞療法製剤を作ることも期待されます。具体的には、細胞の活性を上げるような遺伝子操作や、癌や感染症に対するCAR-T療法※3やTCR-T療法※4への応用を行うことです。いずれも、患者ごとのオーダーメイドではなく、あらかじめ大量製造しておく、“既製品” (Off-the self)とすることで、品質の安定や患者当たりのコストの大幅な低減が見込まれます。

用語解説

※1 iPS細胞

iPS細胞とは、人工多能性幹細胞 (induced pluripotent stem cell) の略語です。神戸大学出身の山中伸弥教授が発明しました。iPS細胞は血液や皮膚などの細胞に少数の因子を導入し特定の条件で培養することで、細胞を未熟な細胞へと初期化させたもので、様々な細胞へ分化する多能性と無限の増殖能力を持っています。

※2 γδT細胞

白血球の一種。白血球は顆粒球とリンパ球に分けられ、リンパ球にはT細胞とB細胞がある。T細胞のほとんどはαβT細胞だが、数%以下 (人によって異なる) の割合でγδT細胞が存在する。抗原 (攻撃対象の目印) を認識する受容体 (T細胞受容体) が前者ではα鎖とβ鎖からなるのに対し、後者ではγ鎖とδ鎖から成る。αβT細胞はHLA(白血球の血液型。個人ごとに異なる)と抗原ペプチドのセットを認識する (HLA依存性) のに対し、γδT細胞はHLA非依存性に抗原を認識することから、他人の癌細胞であっても攻撃する。

※3 CAR-T療法

キメラ抗原受容体 (chimeric antigen receptor, CAR) という人工的な分子をT細胞に発現させて治療に用いるもの。既に血液腫瘍に対して保険収載されており、固形癌や感染症などに対しても展開が期待されている。現時点では、患者自身のT細胞にCAR遺伝子を導入して作製するオーダーメイドで行われているため、患者一人当たりの価格は3000万円以上と高額である。患者以外から採取したT細胞にCAR遺伝子を導入することは可能だが、それを患者に移植するとT細胞のほとんどを占めるαβT細胞が患者の正常細胞を攻撃してしまうことが問題となる。

※4 TCR-T療法

特定の癌や感染症の抗原 (目印) とHLAの組み合わせを認識するT細胞受容体 (T cell receptor, TCR) 遺伝子をT細胞に発現させて治療に用いるものの。CAR-Tと比較すると、特定のTCRは特定のHLAを持つ患者にのみにしか使用できないというデメリットはあるが、細胞表面ではなく細胞内にある癌抗原も標的にすることができるという利点がある。

謝辞

本研究は日本医療研究開発機構 (AMED) 再生医療実現拠点ネットワークプログラム及び日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費補助金、一般社団法人神緑会助成金、坂上明教育研究寄附金などの支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Re-generation of cytotoxic γδT cells with distinctive signatures from human γδT-derived iPSCs

DOI

10.1016/j.stemcr.2023.02.010

著者

村井信幸、小柳三千代、寺師浩人、青井貴之

掲載誌

Stem Cell Reports

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研究者