近年、日本人科学者が相次いでノーベル賞を受賞してきました。果たして、今後も日本の若い世代の研究者からノーベル賞受賞者が出ることを期待できるのでしょうか。神戸大学計算社会科学研究センターの西村和雄研究教授、同志社大学経済学部の宮本 大教授、八木 匡教授は、その答えを示唆する調査結果を発表しました。

本研究成果は、2022年6月23日にSpringer Nature社国際雑誌「Humanities & Social Sciences Communications」に掲載されました。

調査内容について

2020年3月に調査会社の楽天インサイト株式会社に依頼し、技術職もしくは研究職に就いている者、いわゆる研究開発者を対象として「技術職?研究職の仕事と教育訓練に関するインターネット調査」を行った。その後、2016年3月にNTTコム オンライン?マーケティング?ソリューション株式会社のリサーチサービス「NTTコム リサーチ」を通じて行った同様の調査を行い、それぞれの回答を比較して分析した。最終的な有効回答数は前者が5000、後者は4,129であった。

得られた知見

近年、日本の研究開発力が低下しつあることが指摘されている。我々は、2016年、2020年の2度に渡る調査データを活用することで、個人ごとに研究開発アウトプットを調べた結果、2020年時点での47歳以下の世代と、それより上の世代では、特許出願数と特許更新数に大きな違いがあることが分かった。技術者が中学時代に受けた理数科教育の授業時間数との関連を調べたところ、特許出願数と特許更新数は中学時代の理科の時間数と高く相関していることが分かった。このことは、学習指導要領の改訂とともに、なぜ、技術者の特許出願数と特許更新数が減少してきたかを明らかにするものである。

論文概要

近年の日本において研究開発力が低下していることが、ここ数年の文部科学省の科学技術白書で指摘されてきた。実際に国別の特許出願数の推移をみると、日本の特許出願数は減少し、現在ではアメリカ、中国に後れを取り、韓国との差も無くなっている。また自然科学系論文の発表数も、相対的かつ絶対的に減少し、世界のトップレベルから引き離されおり、日本の研究開発力の低下は一過性のものではない。

我々は、戦後に実施された5つの学習指導要領(古い順に「学習系統性」「教育現代化」「ゆとり」「新学力観」「生きる力」と呼ぶ)を取り上げ、それぞれの指導要領によって定められる中学時代の理数科目の授業時間数が、特許などの研究開発成果に及ぼす影響を分析した。その結果、中学時代の3年間にゆとり教育(「ゆとり」、「新学力観」「生きる力」)の理数教育を受けた2020年時点における51歳以下の世代は、「ゆとり」より前の世代と比べると、特許出願数などの研究開発成果が大きく減少していた。

実際、年齢別の特許出願数を2016年に調査したデータと2020年に調査したデータで比較すると、2016年のデータでは、2016年時点で43歳前半より若い年齢層で出願数が急激に減少し、2020年調査データでは、2020年時点で47歳あたりより若い年齢層で急激に出願数が減少する。2016年のグラフを右に4年ずらして、2020年のグラフとの相関係数を測定したところ0.923と極めて強い相関が示され、二つのグラフがほぼ同じ右上がりの形をしていて、4年のラグをもって重なることが確認できた。グラフは、単なる年齢効果以上の違いを表し、中学時代の3年間ゆとり教育を受けた世代と、それより上の世代での、特許出願数の大きな違いを表すことになる。

より具体的な関係を確認するために、下図のように学習指導要領ごとの一人当たりの特許出願数と理数科目の授業時間数のグラフを描いてみると、「学習系統性」や「教育現代化」の時代に比べ、ゆとり教育における授業時間数、特許出願数はともに低い水準にある。また指導要領の変更とともに生じる二変数の動きが一致し、研究成果と授業時間が強い関係にあることがわかる。

図 学習指導要領別の特許出願数と理数科目の授業時間数の推移

図中の年齢は2020年3月に実施した調査時点の年齢である。また「? 年」はそれぞれの指導要領が変更された年を表している。

論文情報

タイトル
Japan’s R&D capabilities have been decimated by reduced class hours for science and math subjects
DOI
10.1057/s41599-022-01234-0
著者
Nishimura K., Miyamoto D. & Yagi T.
掲載誌
Humanities & Social Sciences Communications, Springer Nature

研究者

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