神戸大学大学院保健学研究科の前重伯壮准教授、博士後期課程大学院生の山口亜斗夢氏らの研究グループは、骨格筋由来の細胞外小胞 (エクソソーム)※1が免疫細胞であるマクロファージ※2の炎症反応を抑制することを発見しました。今後、骨格筋を人体最大の分泌臓器として捉える、新たな免疫管理法の開発が期待されます。

この研究成果は3月2日に、Frontiers in Immunologyに掲載されました。

ポイント

  • 骨格筋由来細胞外小胞がマクロファージの炎症反応を抑制することが明らかになりました。
  • 骨格筋由来細胞外小胞を受容したマクロファージでは、抗炎症性代謝産物のイタコン酸※3の産生が増大していることが確認されました。
  • 本効果の機序として細胞外小胞内に含まれるmiRNA※4の関与が示唆されました。
  • 主要な運動器官である骨格筋を分泌臓器として活用する新たな免疫制御法の可能性を示す研究成果となりました。

研究の背景

マクロファージは自然免疫系において重要な役割を果たしており、外敵に対する生体防御の最前線を担っています。一方で、マクロファージの過剰な炎症反応は組織を損傷させるため、適切に制御される必要があります。

近年、間葉系幹細胞※5由来の細胞外小胞 (EVs) がマクロファージに対して抗炎症作用を持つことが報告されていますが、骨格筋由来EVsがマクロファージの炎症に及ぼす影響については、まだ明らかになっていませんでした。骨格筋は通常、運動器官として認識されている一方、人体最大の分泌器官としても知られており、体内の総代謝量の75%にも関与しています。さらに、骨格筋は皮下に広く分布し、随意的に制御可能な器官であることから、非侵襲的かつ容易に刺激を与えることができる唯一の分泌器官です。よって、骨格筋由来EVsの分泌動態は他の臓器由来のものよりも制御しやすいため、骨格筋由来EVsのマクロファージへの作用は、EVsを活用して全身の炎症をコントロールする鍵となります。

そこで本研究チームは、骨格筋筋管 (Skeletal myotubes) を培養し、筋管から放出されるEVsがマクロファージの炎症反応に与える影響を検証しました。

研究の内容

図1. 研究概要

培養筋管由来EVsがマクロファージに取り込まれると、ミトコンドリア内のイタコン酸 (Itaconate) 産生経路が活性化し、炎症反応が抑制される。

本研究により、培養筋管から分泌されるEVsが、自然免疫細胞であるマクロファージの炎症反応を抑制することが発見されました?(図1)。骨格筋EVsを受容したマクロファージ内では抗炎症性代謝産物であるイタコン酸の産生経路の活性化が確認され、イタコン酸の産生増加による抗炎症効果が示唆されました。

イタコン酸は免疫細胞、特にマクロファージにおいて強い抗炎症作用を発揮する代謝産物として知られており、その濃度が上昇することにより炎症反応が抑制されることが明らかとなっています。今回、骨格筋EVsを添加したマクロファージ内の代謝産物組成を測定したところ、イタコン酸のレベルが大きく上昇していることが確認され (図2)、その機序として特定のmiRNAの送達の関与が示唆されました (図3A)。さらに、骨格筋由来EVsに含まれるmiRNAのうち約3分の1が骨格筋特異的miRNAであることが明らかとなり (図3B)、他細胞由来のものとは異なる、骨格筋由来EVsならではの作用をもつ可能性も示されました。

図2. 培養筋管由来EVs添加時のマクロファージ内代謝産物量

骨格筋EVsの添加により、マクロファージにおいてイタコン酸の含有量が上昇していることが確認された。

図3. 培養筋管由来EVs内miRNAプロファイル

A:培養筋管由来EVs内に最も多く含まれた20種類のmiRNAとその比率。抗炎症作用を有するmiR-206-3pやmiR-378a-3p、イタコン酸産生経路の活性化に関与するmiR-30d-5pやmiR-21a-5pが豊富に含まれていることが明らかとなった。
B:骨格筋由来EVs内における筋特異的miRNAの割合。EVs内の全miRNAのうち、約33%が筋特異的なmiRNAであることが確認された。

今後の展開

これまで間葉系幹細胞由来EVsによる免疫制御効果については多数の研究がなされてきましたが、骨格筋由来EVsによる効果についての発表はこれが初めてです。骨格筋は全身の皮下に広く分布し、非侵襲的かつ簡単に刺激することができるため、骨格筋由来EVsによる効果は他細胞由来のものに比べ、臨床応用の可能性が格段に高いものといえます。本研究成果に基づき、通常は体を動かすための運動器官とされる骨格筋を「人体最大の分泌臓器」として捉える、骨格筋による新たな免疫管理法の開発が期待されます。

用語解説

※1 細胞外小胞 (エクソソーム)

ほぼすべての生細胞から分泌される脂質二重膜構造をもつ小胞を細胞外小胞と呼び、RNAやタンパク質などの様々な物質を輸送する媒体として機能することで、細胞間コミュニケーションの役割を担っている。エクソソームは細胞外小胞の中でも50 nm~150 nm程度の大きさのものを指し、各種細胞由来のエクソソームが様々な効果を有することが明らかになっている。

※2 マクロファージ

自然免疫細胞の一種であり、炎症反応を調節することで外敵の排除や組織の修復に貢献する。

※3 イタコン酸

抗炎症作用に加え抗菌作用や抗酸化作用をもつ代謝産物の一種。

※4 miRNA

遺伝子の発現を調節する効果をもつRNAの一種。

※5 間葉系幹細胞

幹細胞の一種であり、骨や軟骨、血管、心筋細胞に分化する能力をもつ。

謝辞

本研究は下記の助成を受けて実施しました。
JSPS科研費 (17H04747, 21H03852)

論文情報

タイトル

Skeletal myotube-derived extracellular vesicles enhance itaconate production and attenuate inflammatory responses of macrophages

DOI

10.3389/fimmu.2023.1099799

著者

Atomu Yamaguchi*, Noriaki Maeshige*, Jiawei Yan, Xiaoqi Ma, Mikiko Uemura, Mami Matsuda, Yuya Nishimura, Tomohisa Hasunuma, Hiroyo Kondo, Hidemi Fujino, Zhi-Min Yuan
*co-first authors

掲載誌

Frontiers in Immunology

研究者