京都大学農学部4年生 工藤葵、同理学研究科助教 山本哲史、神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授 源利文の研究グループは、植物につけられた昆虫の食痕からDNAを採取し、食害した昆虫を特定できることを明らかにしました。

植物と昆虫の食うー食われるの関係を明らかにすることは生態系を理解する上で欠かせません。しかし野外観察では、昆虫による植物の食痕を見る機会に比べて、実際に昆虫が餌を採る様子を観察する機会は限られています。そのため、網羅的なデータを集めて食うー食われるの関係を明らかにすることは非常に困難です。本研究では、実験室でカイコに食害させたクワの葉を使って、食痕に残された唾液などの分泌物に含まれていると考えられる微量のDNAから昆虫種を特定できることを確かめました。また野外のサンプルでも、同様に食痕のついた葉から食害した昆虫のDNAを検出できることがわかりました。この食痕に着目した方法は、植物と昆虫の食う—食われるの関係の調査に役立つと考えられます。

本成果は、2020年6月10日に国際学術誌「?Environmental DNA 」にオンライン掲載されました。

背景

植物は食物連鎖の起点であり、多くの動物に食害を受けます。特に、昆虫は植物を餌とする種を非常におおく含むグループで、植物と昆虫の食うー食われるの関係を明らかにすることは生態系を理解する上で欠かせません。しかし、野外で実際に昆虫が植物を食べているところを観察する機会は限られており、食うー食われるの関係の網羅的な調査は多くの時間と労力を必要とします。

摂餌は一時的な出来事ですが、摂餌後に残る食痕には食害した昆虫の「唾液」のような分泌物がある程度の期間残っていると予想されます。研究グループは、そのような食痕上の遺存物から食害者のDNAを検出できるのではないかと考えました。

研究手法?成果

実験室でカイコに食害させたクワの葉の表面からDNAを洗い集め、環境DNA 1)分析に用いられる方法で微量のDNAを増幅し、その配列を調べました。その結果、食害者であるカイコのDNAが検出できることがわかりました。食痕の長さが長いほどDNAの検出率が高くなることから、検出されたDNAの多くは食痕上に残された分泌物に由来すると考えられます (図) 。また、野外で採集したベニシジミの食痕がついた葉からも同様にDNAが検出できることを確かめました。

魚や両生類、昆虫といった大きな生物の調査に使われる環境DNA分析は、これまでは主に水棲生物を対象としてきました。近年、この環境DNA分析の陸上生物への応用が進んでいます。本研究は、植物の表面に残された食痕から陸上昆虫の環境DNAを検出したはじめての例です。

図:

食痕がついた葉の表面から環境DNAを洗い集めて、その配列から食害した昆虫を特定 (左)。食痕の長さが長いほどDNAの検出率が高くなることから、検出されたDNAの多くは食痕上に残された唾液などの分泌物に由来すると考えられる (右)。

波及効果、今後の予定

本研究では、植物の食痕上に残された微量のDNAから食害した昆虫が特定できることを明らかにしました。これは、野外のほとんどの植物についている食痕を、植物と昆虫の食うー食われるの関係を明らかにするために使うことができる可能性を示しています。従来の野外観察や飼育実験と組み合わせることで、農業や絶滅危惧種の保全への応用ができると期待されます。例えば、広い農地で農作物の食害昆虫を網羅的に把握することや絶滅に瀕した昆虫がどの植物に依存しているかを確認することなどに役立つと考えられます。今後、野外サンプルでの検出力の改善や、日光や雨によって起こるDNAの分解?消失の検討をする必要があります。

研究プロジェクトについて

本研究は科研費 (18K06415、17H03735) の支援を受けて行われました。

用語解説

1) 環境DNA
土壌や水など環境中に含まれるDNAの総称。近年、魚や両生類、昆虫と言った大きな生物の分布?生物量を推定する研究が注目されている。大きな生物の場合、環境DNAは環境中に放出された排泄物や分泌物、剥がれ落ちた細胞などに由来する。

論文情報

タイトル
Detection of herbivory: eDNA detection from feeding marks on leaves
(食害の検出:葉に残された食痕から環境DNAを検出する)
DOI
10.1002/edn3.113
著者
Aoi Kudoh, Toshifumi Minamoto, Satoshi Yamamoto
掲載誌
Environmental DNA

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研究者

SDGs

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