立命館大学生命科学部の古谷朋之助教(現大阪大学大学院理学研究科准教授)、笠原賢洋教授、大阪大学大学院理学研究科の近藤侑貴教授、京都大学大学院生命科学研究科の山岡尚平准教授、荒木崇教授、河内孝之教授、神戸大学大学院理学研究科の石崎公庸教授、深城英弘教授、基礎生物学研究所の南野尚紀特任助教(現熊本大学先端研究部特任助教)、上田貴志教授らの共同研究チームは、モデルコケ植物ゼニゴケ※1を使って有性生殖器官の発生に関わる因子を探索し、“非典型”BZR/BES転写因子※2であるMpBZR3が卵を含む雌の造卵器※3と精子を生み出す雄の造精器※3といった有性生殖器官の発生に重要な役割をもつことを明らかにしました。本研究成果は、2024年4月11日18時(日本時間)に、英国の国際科学雑誌「Nature Plants」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • コケ植物の新たな生殖器官発生制御因子としてMpBZR3を発見
  • コケ植物生殖器官の発生プロセスと植物の生殖様式の進化の理解に貢献
  • BZR/BES転写因子群の分子進化の新たな仮説を提唱

研究成果の概要

被子植物が有性生殖器官として「花」を作り出すのに対し、コケ植物は有性生殖器官として造卵器や造精器をつくります。本研究ではモデルコケ植物ゼニゴケを用いた大規模遺伝子発現解析のデータから有性生殖器官で顕著に発現する遺伝子としてBZR/BES転写因子をコードするMpBZR3を発見しました。分子遺伝学的解析からコケ植物の造卵器や造精器の発生過程にMpBZR3が重要な役割をもつこと、またMpBZR3は異所的に有性生殖器官を誘導する能力があることを明らかにしました。さらにMpBZR3がこれまでにほとんど研究されてこなかった“非典型”のBZR/BES転写因子であり、植物の有性生殖システムの進化に寄与した可能性を見出しました。

研究の背景

有性生殖は幅広い生物種に見られる生殖様式であり、植物においても遺伝的多様性をもたらすことが知られています。陸上植物の有性生殖では配偶子(生殖細胞)として雌側では卵、雄側では精子(精細胞)をつくる過程が必須となります。被子植物では胞子体世代(2n)の有性生殖器官である「花」のなかで、配偶体世代(n)の組織として数細胞からなる胚嚢(はいのう)や花粉がつくられ、それぞれに卵や精細胞が分化します(図3B参照)。一方で、コケ植物やシダ植物では配偶体世代(n)の組織として多細胞でできた造卵器や造精器が発生し、卵や精子がつくられます(図1A)。このように植物は進化の過程で有性生殖システムを大きく変遷させてきました。この変遷過程を知るためには、様々な植物系統での比較が大きな意義を持ち、特に進化の過程で早くに分岐したコケ植物の生殖システムの分子レベルでの理解が重要であると考えられています。近年、モデルコケ植物ゼニゴケにおいて分子遺伝学研究が著しく進んできていますが、有性生殖器官の発生、特に初期過程を制御する分子メカニズムの知見は限られており、その解明は待ち望まれていました。

研究の内容

本研究では、ゼニゴケ有性生殖器官の新規制御因子を見つけるために、ゼニゴケ組織毎の大規模遺伝子発現解析のデータから造卵器と造精器で顕著に発現するMpBZR3に着目しました。MpBZR3を過剰発現するゼニゴケ形質転換体を雄株背景で作出したところ、興味深いことに雄の生殖器官である造精器に似た構造が本来であれば造精器が発生しない成長段階や場所で発生し、造精器様の構造体だらけの植物体になることがわかりました(図1C)。同様に、雌株背景におけるMpBZR3過剰発現により完全ではないものの造卵器様の構造を人為的に誘導できました。一方で、MpBZR3の機能を失った変異体では、造卵器の卵細胞が崩壊してしまうことや造精器の発生が初期段階で停止してしまうことがわかりました(図2)。このようにMpBZR3遺伝子は造卵器、造精器発生においてはたらき方は異なっているものの、コケ植物の有性生殖器官の発生過程において重要な役割をもつことが示されました(図2)。

 

 

MpBZR3はBZR/BES転写因子をコードしていました。BZR/BES転写因子は被子植物では植物ホルモンであるブラシノステロイド応答や維管束発生など様々な発生、環境応答のシグナル伝達経路ではたらく重要な転写因子として知られており、モデル被子植物シロイヌナズナは6つのBZR/BES転写因子をもつことが知られています(図3A)。私たちは幅広い植物種を使ってBZR/BES転写因子ファミリーの系統解析をおこなったところ、大きく3つのサブグループ(type A、type B、type C)に分類できることを見出しました(図3A)。これまで主な研究対象であったシロイヌナズナの6つのBZR/BES転写因子はtype-Aサブグループに分類されることがわかりました。ゼニゴケはそれぞれのサブグループに1つずつBZR/BES転写因子を持ち、MpBZR3はtype-Bサブグループに属していました(図3A)。私たちはゼニゴケの他のBZR/BES転写因子でも過剰発現体を作出してみましたが、造精器を誘導できたのはtype-BサブグループのMpBZR3のみで、またそれぞれ異なった形態異常を示すことが明らかになりました。これらのことからそれぞれのサブグループのBZR/BES転写因子は少なくともゼニゴケにおいて異なった分子機能をもっており、進化の過程でtype-Bサブグループの系統が有性生殖器官の発生制御に関わる新たな機能を獲得したことが推測されます(図3B)。さらに、type-Bサブグループの系統はコケ植物、小葉植物、シダ植物では高度に保存されているものの、被子植物や裸子植物では保存性が低下しており、多細胞性の造卵器、造精器をつくる植物に重要であることが考えられます(図3B)。つまり、type-BサブグループのBZR/BES転写因子の分子機能の変化が植物の有性生殖システムの進化に寄与してきたのかもしれません。

社会的な意義

コケ植物の有性生殖器官発生の分子メカニズムの理解は、モデルコケ植物ゼニゴケを用いた研究基盤が整ったことで研究が進み、近年注目されている研究領域です。本研究で発見されたMpBZR3と既知の発生制御因子との関係性を含めさらなる研究の加速が期待されます。将来的にはMpBZR3が含まれるtype-B サブグループのBZR/BES転写因子の様々な植物での役割に関する研究が進むことで、植物の有性生殖システムの進化過程に迫る重要な手掛かりになる可能性があります。さらに、BZR/BES転写因子はこれまでも被子植物を対象にした研究において、農業形質や育種の観点からも注目されてきました。今回の研究によりBZR/BES転写因子の研究領域が拡張されたことで新たな遺伝資源としての応用も期待されます。

研究者のコメント

本研究ではこれまでにも研究対象として着目してきた「馴染みのある」BZR/BES転写因子に着目して始まったものの、造精器だらけのMpBZR3過剰発現体の表現型に驚き、また「馴染みある」(type-A)BZR/BES転写因子から外れていくという予想外の研究として進んでいきました。その後のMpBZR3の機能欠損変異体や発現パターンの解析は紆余曲折あり時間がかかってしまったものの、多くの新学術領域研究をはじめとする共同研究に支えられ研究を進めることができました。これからも予想外を楽しみながら研究していきたいです。

また本研究は日本学術振興会 新学術領域研究「植物多能性幹細胞」、新学術領域研究「植物の周期と変調」、JSPS科研費(17H05008、19K21189、20K15813、20K15815、22H02647、23K05811など)、JST創発的研究支援事業「内的?外的要因による植物幹細胞運命制御網の解明」(課題番号:JPMJFR224Q)、笹川科学研究助成などの支援により実施されました。

用語説明

※1ゼニゴケ

コケ植物タイ類に属する雌雄異株の植物。モデルコケ植物の1つとしてゲノム解析、形質転換技術等の研究基盤が整っている。コケ植物の系統は植物の陸上化の初期に出現しており、陸上植物進化を考える上で重要な研究対象である。

※2 BZR/BES転写因子

遺伝子の発現を制御するタンパク質である転写因子の1グループ。植物独自の転写因子で、被子植物では植物ホルモンの1つであるブラシノステロイドの応答で重要な役割をもつことがよく知られている。他にも、維管束発生など様々な発生、環境応答ではたらく。これまでにも立命館大学生命科学部の古谷朋之助教、大阪大学大学院理学研究科の近藤侑貴教授を中心とした研究グループは維管束発生におけるBZR/BES転写因子に着目した研究を進めてきている。

参照: 「植物が幹細胞を永続的に維持できる新しいしくみ

※3 造卵器と造精器

コケ植物や小葉植物、シダ植物などで見られる有性生殖器官。雌雄異株のコケ植物であるゼニゴケでは、雌株では雌器托と呼ばれる生殖枝を形成し、そこに1つの卵を含む造卵器が発生する。一方、雄株では雄器托と呼ばれる生殖枝の中に造精器が発生し、多数の精子を生み出す。造精器から放出された遊泳性をもつ精子が造卵器の卵に到達することで受精が起こり、胞子体が形成される。造卵器と造精器をまとめて配偶子器または配偶子嚢と呼ぶ。

論文情報

タイトル

A non-canonical BZR/BES transcription factor regulates the development of haploid reproductive organs in Marchantia polymorpha

DOI

10.1038/s41477-024-01669-0

著者名

古谷 朋之1,2,3*、三枝 菜摘4、山岡 尚平4、冨田 由妃4、南野 尚紀5,6、丹羽 優喜4,7、井上 佳祐4、山本 千愛1、元村 一基1,8、島津 舜治2,3、西浜 竜一4,9、石崎 公庸2、上田 貴志5,10、深城 英弘2、河内 孝之、笠原 賢洋1、福田 裕穂3,11,12、荒木 崇4、近藤 侑貴2,3,13*

1立命館大学生命科学部、2 神戸大学大学院理学研究科、3東京大学大学院理学系研究科、4京都大学大学院生命科学研究科、5基礎生物学研究所細胞動態研究部門、6現所属:熊本大学大学院先端研究部、7現所属:グランドグリーン株式会社、8JSTさきがけ、9東京理科大学創域理工学部、10総合研究大学院大学、11京都先端科学大学バイオ環境学部、12現所属:秋田県立大学、13大阪大学大学院理学研究科、*責任著者

雑誌

Nature Plants

研究者

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